起
投稿者が生まれ育った町は、静かなでのどかな田舎町でした。
この町の外れには、田んぼに囲まれた古びた空き家が一軒建っています。
この空き家には玄関がなく、窓やガラス戸しかないという奇妙な特徴があります。
町の大人達は、この家について話すことを極端に避け、子供たちがこの家の話題を口にすると、非常に厳しく叱ります。
この家は子供達の間で「禁后」または「パンドラ」と呼ばれ、不気味な存在として知られています。
子供達は大人達の警告にもかかわらず、この家に対する興味を抑えきれず、次第にその謎を解明しようと考えるようになります。
投稿者が中学生になった頃、友人達と6人で、ついにこの空き家に侵入する計画を立てます。
彼らは好奇心に駆られ、A君がガラスを割り、空き家に足を踏み入れます。
家の中に入ると、1階は一見普通の家のように見えますが、廊下には不気味な鏡台と棒に掛けられた長い髪の毛が置かれています。
この異様な光景に驚き、探索を続けるか迷っていると、探索の最中、グループの最年少メンバーであるD子の妹の姿がないことに気付きます。
驚いた投稿者達は、急いでD子の妹を探し回りました。
2階の部屋でようやくD子の妹を見つけますが、その部屋には1階と同じような鏡台と後ろ髪が置いてありました。
そして驚くべきことに、D子の妹は鏡台に近付き、三つある引き出しのうち、一番上の引き出しを開けたのです。
入っていたのは、「禁后」と書かれた半紙でした。
D妹はその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取り出しました。
全く同じ、「禁后」と書かれた半紙でした。
もう何が何だかわからず、投稿者はがたがたと震えるしかできませんでしたが、D子が我に返り、妹に駆け寄りました。
「何やってんのあんたは!」
妹を厳しく怒鳴りつけ、半紙を取り上げると引き出しを開け、仕舞おうとしました。
しかし、慌てていたのか、D子は二段目ではなく三段目、一番下の引き出しを開けてしまいます。
引き出しを開けた途端、D子は中を見つめたまま動かなくなりました。
そして、引き出しを閉めると、なぜか自分の髪をしゃぶり出しました。
投稿者達が声をかけても反応がなく、ひたすら自分の髪をしゃぶり続けています。
D子を抱えて空き家から連れ出し、一番近かった投稿者の家に駆け込みました。
投稿者の母親は、投稿者と友人達に平手打ちし、怒鳴りつけました。
「あんた達、あそこへ行ったね!?あの空き家へ行ったんだね!?」
投稿者の母親が参加者の親達に連絡を入れ、皆が集まりました。
「お前ら!何を見た!?あそこで何を見たんだ!?」
と親達に問い詰められ、空き家で見た鏡台と髪の毛のことを報告します。
半紙を見たことを話した途端、場が静まり返りました。
二階の鏡台の三段目の引き出しにあるものを見たか尋ねられ、D子だけが見たことを告げると、
「何で止めなかったの!?あんた達友達なんでしょう!?何で止めなかったのよ!?」
と、D子の母親が投稿者達に泣きながら詰め寄ります。
その場は引き上げ、投稿者達はB君の家に移動し、あの空き家について説明を受けます。
- 空き家は、あの鏡台と髪のためだけに建てられた家。
- 親世代が子供の頃からあった。
- あの鏡台は実際に使われていたもので、髪の毛も本物。
- 「禁后」は、あの髪の持ち主の名前。
- 読み方は知らないかぎりまず出てこないような読み方。
金輪際あの家の話はしないよう、そして近付かないよう警告されます。
D子がどうなったかについては、
「あの子のことは忘れろ。もう二度と元には戻れないし、お前達とも二度と会えない。それに…お前達はあの子のお母さんからこの先一生恨まれ続ける。今回の件で誰かの責任を問う気はない。だが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ?お前達はもうあの子に関わっちゃいけないんだ」
と言われました。
それから投稿者達は、しばらく普通に生活していましたが、D子がどうなったかはわからないままでした。
学校には一身上の都合で、一ヵ月後にどこかへ引っ越したそうです。
空き家は、厳重な対策が施され、中に入れなくなっていました。
投稿者が大学を卒業した頃、D子のお母さんから投稿者の母宛てに手紙がありました。
「禁后」の儀式
代々、母から娘へと三つの儀式が受け継がれていたある家系にまつわる話があります。
その家系では娘は母の「所有物」とされ、娘を「材料」として扱うある儀式が行われていました。
儀式の目的は、母親が「楽園」に達し、新たな命を手にすること。
母親は二人または三人の女子を産み、その内の一人を「材料」に選びます。
選んだ娘には二つの名前を付け、一方は母親だけが知る本当の名「隠し名」として、生涯隠し通されます。また、隠し名を付けた日に必ず鏡台を用意します。
「材料」としての価値を上げるため、幼少時から母親の恐ろしい「教育」が始まります。例えば、猫や犬を切り刻む、食糞するなどの行為を強制されます。教育には呪術も含まれていました。
この異常な「教育」は、代々の母娘間で13年間も続けられます。
儀式は3つの段階に分かれており、
- 10歳の儀式:娘が10歳になると、鏡台の引き出しの上段に「娘の爪」と「隠し名」を記した紙を入れる。
- 13歳の儀式:娘が13歳になると、鏡台の中段に「娘の歯」と「隠し名」を記した紙を入れる。
- 16歳の儀式:娘が16歳になると、母親は鏡台の前で娘の髪を切り、それを食べる。その時に初めて、娘に本当の名前が明かされる。
最後の儀式を終えた翌日から、母親は髪をしゃぶり続ける廃人となり、死ぬまで隔離されます。しかし、その精神は「楽園」に達しているとされます。
母親が娘を1人ではなく、2~3人産むのは、母親がいなくなった後、普通に育てられてきた母親の姉妹が娘の面倒を見るようにするためでした。
母親から解放された娘は、髪の長さが元に戻る頃に男と交わり、子を産みます。
そして、今度は自分が母親として全く同じことを繰り返し、母親が待つ場所へと向かうのです。
この悪習は淘汰されましたが、鏡台と隠し名の部分だけは風習として受け継がれました。
「隠し名」は母親の証として、「鏡台」は祝いの贈り物として、受け継いでいくようにしたのです。
そうして少しずつ周囲の住民達とも触れ合うようになり、夫婦となって家庭を築く者も増えていきました。
空き家は八千代と貴子の供養のための家
この家系の「八千代」という女性が、結婚して娘を出産し、「貴子」と名付けました。
八千代は母から教わった通り「隠し名」も付け、鏡台も自分と同じものを揃えました。
しかし、貴子の10歳の誕生日に、事件が起こります。
両親の元へ出掛けていた八千代が家に戻ると、何枚かの爪が剥がされ、歯も何本か抜かれた状態で、貴子が死んでいたのです。
家の中を見渡すと、しまっておいたはずの貴子の「隠し名」を書いた紙が床に落ちており、剥がされた爪と抜かれた歯は、貴子の鏡台に散らばっていました。
夫の姿はありません。
異変に気付いた近所の人達が駆け付け、八千代の両親に知らせに行っている間に、八千代は自害してしまいます。
現場の様子を聞いた両親は、落ち着いた様子で、夫が儀式を試そうとしたことを悟ります。
そして、「二人はわしらで供養する。夫は探さなくていい。理由は今にわかる」と言いました。
数日後、夫が八千代の家の前で、口に大量の長い髪の毛を含んで死んでいるのが見つかりました。
両親は八千代たちが悪習から解き放たれることを願い、家に呪いをかけたのでした。
それ以来、二人への供養も兼ねて、八千代の家はそのまま残されることとなりました。
家のなかに何があるのかは誰も知りませんでしたが、八千代の両親の言葉を守り、誰も中を見ようとはしませんでした。
そうして、二人への供養の場所として、長らく残されていたのです。
鏡台と髪:八千代と貴子という母娘のもの。
「禁后」という言葉は、貴子の「隠し名」として付けられた名前でした。
空き家には一階に八千代の鏡台、二階に貴子の鏡台があります。
八千代の鏡台には一段目は爪、二段目は歯が、隠し名を書いた紙と一緒に入っています。
貴子の鏡台は一、二段目とも隠し名を書いた紙だけです。
八千代が「紫逅」、貴子が「禁后」です。
そして問題の三段目の引き出しですが、中に入っているのは手首だそうです。
八千代の鏡台には八千代の右手と貴子の左手、貴子の鏡台には貴子の右手と八千代の左手が、指を絡めあった状態で入っているそうです。
今現在どんな状態になっているのかは不明ですが、D子はそれを見てしまい、精神に異常をきたしてしまったのでした。
厳密に言うと、「隠し名」とあわせて見てしまったのがいけなかったのです。
「紫逅」は八千代の母親が、「禁后」は八千代が実際に書いたものであり、三段目の引き出しの内側にはそれぞれの読み方がびっしりと書かれているそうです。
空き家は今もありますが、今の子供達にはほとんど知られていないようです。
その後、老朽化などの理由で止むを得ず取り壊すことになった際、初めて中に何があるかを住民達は知りました。
これが呪いであると悟った住民達は出来るかぎり慎重に運び出し、新しく建てた空き家の中へと移しました。空き家は町から少し離れた場所に建てられ、玄関がないのは、供養のために建てられた家で、出入りする家ではないからでした。
こうして誰も入ってはいけない家として町全体で伝えられていき、大人達だけが知る秘密となったのです。
しかし、投稿者の親の代でも、一度だけ事件が起こっていました。
Aの母親とBの両親、そしてもう一人男の子・E君の四人で、あの空き家へ行ったことがあったそうです。
その際、A母が引き出しを開け、中のものを出してしまいます。1階の鏡台の1段目の引き出し、「紫逅」と書かれた紙と何枚かの爪が入っていました。
紙を元に戻して帰ろうとした際、棒から髪が落ちてしまい、数日後にAの母親とE君で戻しに行くことに。
A母はE君を怖がらせようと、今度は二段目の引き出しを開けました。引き出しには、「紫逅」と書かれた紙と何本かの歯が入っていました。
あまりの恐怖にE君が取り乱し泣きそうになっていたのを、A母は面白がり、E君にだけ中が見えるような態勢で三段目の引き出しを開けてしまいます。
E君は精神的におかしくなってしまい、一ヵ月間後、E君の家族はどこかへ引っ越していくことに…。
Aの母親が町に戻ってきたのは、E君への償いからだそうです。